2人目:イラン人とのローマの休日
イタリアンシェフと深夜まで食事した翌日はホステルでよく寝て、昼から活動開始をしようとしていた。
ローマ観光は、実質2日目にあたる。
さて、今日も何か面白いことないかな~。
と考えながら街に出る。とりあえず有名な観光地、コロッセオへ向かって歩いた。
滞在先のホステルはテルミニ駅の近くであったため、コロッセオまで徒歩15分ほど。
冬だというのに、いい天気。
雪国、曇天が当たり前の環境で育った私にとっては、いい天気は身に染みるほどありがたい。
ローマの太陽の日差しに感謝しながら歩き始めた。
コロッセオに着いてみると、うわさに聞いた通りの大行列。
私は今回1週間ほどローマに滞在する予定だったので
いつでも行けるしまた日を改めよう、とすぐその場を去って近くで食事をとることにした。
今日のお相手は、15時にパンテオンの前で待ち合わせる予定だ。
WhatsAppアカウントを教えていたので、通話・テキストもできるが、彼はテキストをあまり使わずに、音声を録音して送ってくる。
こういうの、国民性でるよね~。中国とか、南米の友達もよく声を送ってくる。
日本やアメリカ人は音声コミュニケーションよりテキストを送りあうのを好む。
今日会う予定の彼の問題は、英語がそこまできれいではないので音声メッセージが聞き取りづらい。
パンテオンは観光地だし人が多い。無事に見つけられるんだろうか。と心配しながらパンテオン前に向かう。
しかしそんな私の心配も取り越し苦労に終わる。
待ち合わせ場所近くに着いたら、気が付いたようで向こうから声をかけてきてくれた。
やはり私のアジア人の顔立ちは分かりやすいよな…。
私の外見は、小柄で色白で黒髪ショート。顔は平らな典型的東アジア人のため、欧州や中東の人からすると実年齢より若く見られることが多い。
年齢を聞かれて答えると大抵びっくりされる。「うそでしょ!これがアジアンマジックか!」と。
10歳くらいサバよんでもバレっこないよな、マッチングアプリの登録でサバよんでおくべきだったか。
ともはじめ考えたが、いや年齢を重ね様々な人生経験を持ったからこそ出会う人との会話(異文化交流)を楽しめるんであって、あんまり若くて無知な女の子だと捉えられたくない。
ますますワンナイトスタンド狙いのかるーい男たちからお声がかかりそう。との結論に落ち着き、常に実年齢を登録し伝えている。
さて、今日のお相手について。
イラン人留学生のF(35)。ローマには8年住んでいて、イタリア語も流暢。
外見は、しっかりとした髭をたくわえており顔のほりが深く典型的な中東系のハンサムガイ。近くでよく見ると肌があまりきれいではない。
私の好みではないが、まあお散歩するだけだし楽しく話していいお友達になれたらいいな、という感じ。
大学でコンピュータサイエンスを専攻しながら、IT企業で働いてもいる。
職務経験をつけ学位もとって、さらに良い条件の職を探す最中らしい。
ローマに来る前イランでは、役者になる勉強をしていた。思い切ったキャリアチェンジだな。
じゃあまずコーヒーでも、ってことでパンテオン近くの彼おすすめのバル(イタリアでいうカフェ)でエスプレッソを頼んだ。
人気のお店らしく、店内は立ち飲み客で混んでいた。店内に座れるスペースはない。
店の外のテラス席も客であふれていた。
イタリアのバルのシステムは初心者にはわかりづらい。
まず、レジで注文し支払ってレシートをもらう。
その後、レシートをもって、カウンターの向こうにいるバリスタにレシートを渡してコーヒーを作ってもらう。店内か持ち帰りか、この時伝える。
とにかく混んでいたので、バリスタにレシートを並ぶまでに列ができていた。
Fがすべてやってくれたので助かった。
エスプレッソを持ち帰りで受け取って私たちは店を離れ、またパンテオン近くの広場に戻ってきて石段に座って飲む。
といっても、もちろんエスプレッソはとても小さいので、紙コップにはいったエスプレッソは二口でなくなってしまった。
彼の話を聞いた。
政情不安なイランを離れて、家族それぞれが欧米諸国で暮らしていること。
姉と両親はアメリカ、二番目の姉はドイツでそれぞれ仕事を見つけて暮らしている。
彼自身、家族が多くいるアメリカで仕事をすることも考えたが、姉のようにあくせく働いて経済的に豊かになるより、ヨーロッパ(南欧)の少しのんびりしつつも人生を豊かに楽しむ方が性に合っている。
私にはイラン人の友人が一人いる。アメリカ留学流の冬休み、LAに一人旅してAirbnbでアパートの一室を借りていた際に同じアパートの別の部屋を借りていたイランからの旅人と出会った。
リビングで他愛ない会話を始めて意気投合して、その次の週に私の留学先のシアトルでも再会した。
イランからの旅人の名前もFで全く同じだった。年齢も近い。別人だけれど、姉がシアトルに住んでいるというところまで同じだ。
LAで会ったFは、イランの劇作家・演出家で家族はアメリカにいるが、彼自身は現在もずっとイランで活動を続けている。
そのことを話すと、ローマのFは驚いていた。Fの名前はイランでもよくある名前なのかしら。そういえば、イラン人のお父様を持つ、ダルビッシュ有選手のミドルネームにも同じくこのFが入ってるな。
奇遇なことってあるのね~。お互い笑う。私にとってローマのFに対して親近感がわいた。
お互いのことを話していると、彼は純粋に東アジア文化や外国人に興味があって私のことを良い友人として見てくれていると感じた。
F「日本はいい国だし社会に問題がなさそうで良いよな。」
と言われ
なつこ「確かにイランほど政治に対して不信感を持つわけではないが、経済の停滞、高齢化社会の問題や世代間格差の問題など山積みだよ。政府の方策が信頼されているわけでもないし。現政権の政策に対して疑問を感じる点は多々ある。」
ざっくりと日本社会の問題を説明した。
F「なつこからポジティブなエネルギーを感じる、日本がどうかは置いておいて君の将来は明るい。本当に。一緒にいてポジティブなエネルギーがもらえるよ。」
ほんまかいな、なんだかスピリチュアルなこと言ってくる人だなあ。
私が笑顔で話していた(というよりむしろ彼の話を聞いてあげていた)からかな。
そりゃ、「うんうん。」って話聞いてくれたら誰だって嬉しいよな。無駄に笑顔になりすぎたか、これはある意味日本人のよくないところだな。感情が伴っていない笑顔も、ときにはある。
ローマの街の中を一緒に歩いて観光案内してくれた。
ナヴォーナ広場で写真を撮ってくれたり、土産物売りの露店が立ち並ぶところで、一緒にリモチェッロ(イタリア土産によくあるレモンのリキュール)を試飲した。彼は一本買って、私にプレゼントしてくれた。
F「はい。これ、なつこにあげる。ローマのお土産だよ。帰国後、これを見て僕のことを思い出して。」
うまいな~。そんなこと言われたら、本当にリモチェッロ見るたびFのことを思い出すようになるよ。
帰国してからも、大切にとってある。開けるのがもったいなくて。
ローマが舞台の映画「ローマの休日」で、アン王女が新聞記者にローマの街を連れまわしてもらったシーンを思い出す。
ローマは素晴らしい美術館がたくさんあることで有名だが、私にとっては街並み自体が美しい彫刻や建造物にあふれていて美術館のように感じられる。突然現れるローマ時代の遺跡に驚かされたりする。
これぞ、歩いていて絵になる街!って感じ。街歩きに最適。デートにもぴったり。
冬なのにあたたかく気候も良いし、オフシーズンで観光客も多すぎず、まさに休暇を過ごすのにふさわしい。
南欧の国は恵まれすぎている。気候に食べ物に歴史遺産。
にもかかわらず、GDPでいえばイタリアは世界8位。これほどの恵まれた世界遺産や食文化をもっていながら、もったいないと思ってしまう。政治経済がうまく機能していない。
主力産業の一つ、観光業においてもより改善を重ねて稼げるポイントがたくさんあるのに。
まず、観光地のトイレを整備してほしい。どうして、イタリアのトイレには便座がないの!女子トイレにも便器に便座がない。立ちながら用を足すには空気イスばりの筋力がいる、大なんてできたもんじゃない。
トイレ一つ見ても、この国には毎年大勢の外国人観光客が訪れるというのにサービス精神のかけらもないのか、と。
そして、観光客に人気の郊外スポットと大都市の直通バスを開通してほしい。
ローマ⇔バーニョレージョ、フィレンツェ⇔サン・ジミニャーノなど。これ作ったら大儲けできますよ、まじで。電車やバスを複数乗り継がないとたどり着けないので、効率悪すぎ。
日が落ちるころ、Fと強い夕日に照らされたテヴェレ川沿いをサンタンジェッロ城へ向かって歩いているときに、
F「イタリア男は軽薄でチャラくて最低だから、本当に気を付けて!彼氏には向かない、絶対おすすめしない。」
とアドバイス(注意喚起)してくれた。
F「友達としてなつこを大切に思っているから気を付けてね。」
と。
昨日のシェフはいたって安全な紳士に見えたけどな~、
食事の後で「やりたかった~(ナスの絵文字)」送ってくるあたり、シェフPは願望はあっても奥手なタイプなのかもしれない。
まあ、その辺は個々人によって幅があるだろうから気を付けるに越したことはない。
私はスペイン語圏に留学していたこともあり、なんとなーくラテンの男に気をつけなさい!の意味がわかる。
彼らは、狙っている女に彼氏がいようが夫がいようが、「今ここに彼氏(または夫)がいないなら関係なし!おれと楽しもう。」という勢いで迫ってくる。
Fは夕方から友人と会う予定があったため私とは6時ころ解散する予定だったが、友人がドタキャンしたためそのあとアイリッシュパブへ一緒にビールを飲みに行くことに。
Fが現金もカードも手持ちがなかったため食事に行くという話にはならず。私は街歩きが大好きだがさすがに3時間ほど歩いて歩き疲れてきていた。
空きっ腹だったこともあって、たった2杯で私は酔ってしまった。
Fはレシートの裏にアラビア語で私の名前を書いてくれた。これも、LAで会ったイラン人旅人のFが同じことをしてくれたな~と思い出して感慨深い。
アラビア語って面白い、理解できる気がしない。いや、案外やってみたら面白いのかも。
大学4年で就職が決まって卒業単位も取り終えて時間を持て余していたころ、サークル活動や友人との旅行に興じるだけでなく、アラビア語などの外国語を学習すればよかった、と後悔。
私の通っていた大学は、学生数が多い私立大学であったためか外国語の授業が充実していた。アラビア語もラテン語もあったな。私自身は、必修の第二外国語として韓国語を(最低限単位が取れるレベルに)学んでいた。
今でこそ、スペイン語と英語を習得し、他の外国語習得にも興味津々の私だが、学生の頃は英語すら興味がなく海外にもあまり行かなかった。人生不思議なものだ。人は必要に迫られないと勉強しない。
私は、彼の名前を日本語(ひらがな、カタカナ、漢字)で書いてあげた。もちろん彼にとって、日本語は未知の世界であり、面白がってくれた。
ビール2杯で気が緩んできたのか、Fは私の隣に座り腰や肩、髪を触ってきた。おでこや頬にキスしたり。
私の中の危険予知センサーが作動し、
(こりゃ、ほろ酔いと言えどよくないな~。そろそろお開きにするか。)
と思いながら、会計をし店を出て一緒にバスで移動し私の滞在するホステルまで送ってもらった。
ホステルの前まで送ってもらって、頬を合わせる挨拶をして別れる。
それにしても、Fの
「イタリアの男は下衆だから気を付けて!ぼくは友達だから大丈夫。」
は信頼できない。ラティーノに限らず、男はやっぱり隙あらばいつでも!だよな~。
今日も楽しい一日だった。リモチェッロもらったのはいい思い出土産になるな。
帰国したら酒好きの父と一緒に飲もう。
と満足して、ドミトリーの狭いベッドで眠りについた。