13人目:ひとり旅仲間K ④マルチリンガル
この記事は①~⑥まである中の④です。ぜひ続きでお読みください。
ひとつ前の③はこちら。
Kと朝9時に待ち合わせの予定だった。
しかし8:30になって、Kから連絡が
K「眠い、、やっぱり10時に会おう。」
その一時間あとに、
K「まだ眠い、、やっぱり11時に会おう。」
結局会ったのは12時でした。マイペースだな、おい。
ケーブルカーでモンジュイック城へ向かう。
眺めが素晴らしかった。
ケーブルカー、は英語。
日本語ではこれをゴンドラと呼ぶが、
それは通じない。
はじめ、ケーブルカーという単語が出てこなくて
ゴンドラと呼んでいたら
Kが「?なにそれ?」
と言うので、
なつこ「日本では、ケーブルカーのことをゴンドラと呼ぶの!」
K「日本語一つ覚えた。ゴンドラね!」
モンジュイック城まで到着すると、Kは友人から電話がかかってきてしばらく話していた。
私には、その言語が何語が分からなかった。ドイツ語ではない。Kが電話を終えた後、
なつこ「さっき何語で話してたの?」
K「ペルシア語だよ。」
道理でわからないわけだ。聞き慣れない言語。
なつこ「Kは何か国語話すの?」
K「5つかな。ペルシア語、トルコ語、英語、ドイツ語、ハンガリー語。」
なつこ「わ!マルチリンガルだね。ハンガリー語とトルコ語はどこで習得したの?」
K「おれはイラン出身だけど、トルコとの国境沿いの町の出身だから。あ、ふるさとの町の名前は、おれの名字と同じね。まず、ペルシア語とトルコ語は小さいころから話してた。ハンガリー語は、医学の勉強してたのがハンガリーだから。6年間住んでたけど、日常会話程度しか話せない。ドイツはここ5年間住んでるから。」
興味をもってあとから調べてみると、ハンガリーでEUの医師免許を取得する外国人は多い。医学自体は英語で学べるようだ。
Kのふるさとの町をグーグルマップで検索してみた。彼の名字と同じだ。トルコとの国境沿いの小さな町。
北米やEUに生活の拠点を移した、イラン人家族をいくつか知っている。より良い環境を求めて母国を離れて異国でずっと暮らしてきたのだろうか。苦労も多い人生であることがうかがえる。
Kは一歳年下の弟がいるが、彼も同じくベルリンで働く外科医だ。ふたりの息子を外科医に育てあげた両親はすごい。父親は貿易商、母親は専業主婦。
Kは一日一回は、お母さんと電話で話している。それって、マザコンすぎないか?31歳男子よ…。
なつこ「母国語ベルシア語の次に得意なのはどれ?」
K「日本語かな! ゴンドラ!!」
いたずらっぽく笑う。
こいつ。。ケーブルカーのことをゴンドラと呼んだ私をからかう。
K「二年後にバルセロナ移住したいから、これからスペイン語勉強するつもり。」
なつこ「スペイン語なら教えてあげるよ。」
お会計お願いします。トイレはどこですか。など、簡単な旅行で使える表現を教えた。中でもKが熱心に復唱していたフレーズは、
K「今夜、一緒にパーティに行きませんか?」
やっぱりKはパーティが好きなのね。
既に5か国語を話せるKは、6つ目となるスペイン語もきっと習得が早いだろう。うらやましい。私が英語、そのあとスペイン語を習得するのがどれだけ大変だったことか。
モンジュイック城からバルセロナの街並みと海を眺めながら、そんなことを考えていた。
(⑤に続く)