5人目:映画「Before Sunrise」のような夜 in フィレンツェ
フィレンツェから小旅行で、美しい塔の街:サン・ジミニャーノを訪れ、世界一美しい広場で有名なシエナで一泊した。
イタリアの魅力はこういう小さな街にある、と実感した。
バスを乗り継いで自力でまわったのは、ちょっとした冒険旅行のようだった。
シエナは本当に美しい街並みが見れるところだよ!
と、写真家の友人に勧められたので行ってみたが、広場の中心の塔のてっぺんへ登って上から見た景色が忘れられない。
塔のてっぺんへ登るのは狭い石の階段を通じてのみ。いったいどこまで続くんだろう、と長い長い階段をのぼりながら、
「これは年取ってからの旅行じゃ、辿り着けない場所の一つだな。」
と、いま元気があるうちに来れたことをうれしく思った。
絶景だった。シエナ色の街並みが一望できる。その先にはのどかな田園地帯。
翌日はシエナから電車でピサへ移動し、有名なピサの斜塔の前で写真を撮った。ジェラートが美味しい、良いお天気の日だった。
ピサからフィレンツェへ戻る電車の中で、今夜会う予定のAとやりとりしていた。
A「フィレンツェを案内するよ、まかせて。素敵なレストラン予約しておくね。」
プロフィールからみるに、Aは外国語とくにスペイン語、そして異文化交流に興味がありそうな好青年といった感じ。
複数ある写真も、笑顔が素敵な好みのタイプ。
あまり期待してはいけない、でもフィレンツェへ戻るのが楽しみになってきた。
プロフィールにイタリア語で職業も書いてある。どれどれ、google translateを使ってみると、「空軍」だとさ。
ふーむ、イタリアの軍で働くってどんな感じなんだろう。短髪で好青年っぽく見えるのは、軍の規律から来るものなのね。
19時にフィレンツェのドゥオモの前で待ち合わせるも、人が多くてなかなか見つけられない。結局15分くらいかけて、落ち合うことができた。
初めのあいさつで、普通のイタリア人のように頬にキスはせず、握手のため手を差し出してきたので少し驚いた。
私が外国人だから、配慮してくれたらしい。よくわかっているじゃないか。まあ、私はスペイン語圏に留学してたのでキスのあいさつも抵抗ないんですけどね。とスペイン語で伝えると、彼もスペイン語を話せるので面白がってくれた!
A「スペイン語を話すアジア人、初めて会ったかも!」
お互いに親近感がわいた。
食事に行く前に、まずフィレンツェの街を案内してあげる。と言ってAとウフィツィ美術館のほうへゆっくり歩き出す。
お互いの自己紹介をしながら、街並みを解説してくれた。
いいガイドさんっぷりですね!こういうの、楽しいぞ~。
A「フィレンツェのちょっとした情報を教えてあげる。」
ヴェッキオ宮殿の入り口の前には二体の彫刻がある。
ミケランジェロのダヴィデ像のレプリカ、そしてバッチョ・バンディネッリのヘラクレスとカークス像。その、ヘラクレスとカークス像の後ろのあたりにある、ヴェッキオ宮殿の外壁をよく見ると人の顔に見えるものがある。
A「ここをよく見て。人の顔があるよね。この顔を壁に彫ったのはミケランジェロだとか。手を後ろにして見ないで彫ったらしい。」
なつこ「面白い、たしかによくみると人の顔がある。言われなきゃ気がつかなかったよ。」
彼は、イタリア南部のナポリ出身。仕事でフィレンツェに住んで5年。31歳。
空軍では新人の教育担当をしている。
両親はナポリにいる。姉はローマに住んでおり二児の母の専業主婦。妹はミラノで働くキャリアウーマン。Aは姉妹がおり、地理的にもフィレンツェはミラノとローマの真ん中に位置するため、二重の意味で真ん中にいるというわけだ。
兄と弟に挟まれて育った私は、
「わたしたち、お互い兄弟姉妹の中で真ん中の子だね!」
と言って、また親近感がわく。
Aの英語は流暢。スペイン語も。
英語を習得したのは、軍の合同訓練でアメリカの空軍と数年過ごしたから。スペイン語は元カノがフィレンツェに留学に来ていたメキシコ人だったため。なるほど。
A「なつこは初めて海外に住んだ、アメリカではどんな文化ギャップを感じた?」
初めて外国に住む経験は、文化ギャップを大いに感じる瞬間だ。
アメリカいたの5年前だしな、、何が衝撃的だったかな。と考える。
なつこ「大学院に留学していたときの授業なんだけど、生徒が積極的に手を挙げて質問して、インタラクティブに授業が進んでいくのに驚いた。発言しないと自分がその場にいる意味がなくて、毎回授業の中で何か発言するために予習して。事後課題も多くて大変だった。いいトレーニングになったけれども。
あと、あいさつの握手のときに相手の手をぎゅっと握ることも私にとっては文化ギャップだった。日本ではあいさつで握手しない。ボディタッチが全くないんだ。人と握手することがあったとして、ぎゅっと握ったりしない。かるーくゆるーく手を握るだけ。だから、アメリカ人との握手で手をぎゅっと握られて驚いた。
日本人は家族や友達同士でもハグしない。声かけあうだけ。ただ、私は留学経験を経てハグが好きになったから、私は日本で家族や親友とハグする。皆、それはなつこの文化だと思ってくれている。一般的に日本人は人前でハグしない。恋人同士でさえ。」
30分ほどかけてゆっくり歩きながら他愛ない話をした後、彼いちおしのナポリピザの店に入った。
ここで、いいレストランを事前に予約してくれていたわけではなかったと気が付いたが、まあナポリっ子とナポリピザ食べるのも経験として悪くない。
カジュアルだけれど良しとしよう。
A「イタリアにきて、ピザ食べてみた?」
なつこ「いや、まだ。一人旅だし、ピザ一枚全部食べ切れる気がしなくて。」
A「イタリアではピザは分け合うものではなくて一人一枚なんだよ。ナポリピザでなければ大きくはないし。」
なつこ「それは知らなかった。でもAのおかげで、初めてイタリアでピザ食べる。楽しみ。」
Aはビールもピザも選んで注文してくれた。
イタリア独特の食文化ルールがいくつかある。
―――
・カプチーノの朝だけの飲み物。
・ピザは一人一枚オーダー。
・ピザを食べるときに飲むのはワインではなくビール!
・魚介類のパスタにはチーズをかけない。
・レストランではワインと水の両方を注文。
・サラダのドレッシングはない。オリーブオイル・バルサミコ酢が出されるのでお好みでかける。
―――
などなど。
Aの注文してくれたピザは、とにかく大きかった!
トマトソースのマルゲリータ、と
ミニトマト二種がのったトマトのピザ。
いわゆる日本人がイメージするシェアサイズのサイズなんだけれど、生地の真ん中が薄い・やわらかい。
これがナポリピザか~。Aが食べるのを真似て、手で食べる。
イタリア人は普通のピザはナイフとフォークで器用に食べるけれど、ナポリピザは別なのかな?
確かに真ん中のほう生地が薄すぎて、これはナイフフォークで食べるのはきついな。いずれにせよ、ピザは手で食べたい私にはありがたい。
美味しい!
意外にも、一枚ずつ食べることができてしまった!
でも、本当におなかいっぱい。。。
ビール2杯を飲んだこともあり、炭酸でおなかがさらにいっぱいになっているのを感じた。
Aがおすすめするもんだから、イタリアンスタイルで食後にエスプレッソを飲んでしまった。もう21時過ぎてるというのに。カフェイン耐性がない私は、普段16時以降はコーヒーを飲まないことにしている。夜眠れるか不安だった。
が、Aと同じことをしてみたくなったのだ。わたしのフィレンツェガイド、ナポリっ子だけれども。すっかり心許していた。
Aは笑顔で明るくて、下心もなくて純粋に友達として外国人の私に興味を持ってくれているのを感じた。笑顔でハンサム。外国からの友人を楽しませたい!という、おもてなしの心を感じる。
質問の一つ一つも好奇心と知性を感じる。こういう人との会話、食事は楽しい。
お互いおなかいっぱいになりすぎて、このあと二軒目いって飲みなおそうか、というよりも少し夜の街を歩きたい気分だった。少しは消化しなくては、今はワインすら入らない。
また夜のフィレンツェの街を歩く。あてどもなく。いろんなことを話しながら。
私は大学時代に映画研究のクラスで観た「Before Sunrise」(1995)をふと思い出した。私の大好きな映画の一つだ。
街を歩いて話しながらお互いの人生観・価値観を分かち合う。セリフの一つ一つが示唆に富んでいて。こんな出会いしてみたい、と思っていた。今の自分を重ね合わせる。
ーーー
(あらすじ)
アメリカ人青年ジェシーと、ソルボンヌ大学に通うセリーヌは、ユーロートレインの車内で出会った瞬間から心が通い合うのを感じる。ウィーンで途中下車した2人は、それから14時間、街を歩きながら語り合い…そんな自然な会話の中から、彼らの人生観、価値観、そして心の奥の微妙な揺れ動きが見え隠れする。
ーーー
歩いてきて道が分かれていたら、
A「どちらへ進みたい?」
と聞いてくる。
気の赴くままに私は道を選ぶ。夜のフィレンツェの街並みは、またいっそう美しい。ローマでも夜の街歩きが楽しかった。
フィレンツェは街の規模がローマよりこじんまりとしていて、遺跡はないもののこれまた街じゅう美術館という雰囲気が漂っている。
A「イタリア人とキスしたことある?」
なつこ「ううん。したことないよ。どうして?」
キスしたいんだろうな、と彼の意図を感じた。Aは話題を変えた。
さらに歩いていくと、道が三つに分かれていて、
まっすぐ歩こうとしたがその先には激しく(けんかのあと?)キスするカップルがいた。
いかにもイタリア人らしい愛情表現だ。その道を避けて私たちは右へ曲がる。大通りだが、少し暗かった。
A「日本ではカップルが人前でキスしたりしないの?」
なつこ「ないね。ハグもめったにない。PDA(Public Display of Affection)はほとんどない。」
Aは立ち止まった。
A「キスしてもいい?」
Aとは、心が通じ合っているのを感じた。まだ出会って3時間ほどだがその会話から誠実さを感じ、人として惹かれていた。
なつこ「いいよ。」
というとAの顔が近づいてくる。
が、私は緊張で笑っていた。いつもそうだ。ロマンティックなシチュエーションに慣れていなくて。どうふるまっていいか分からなくて。その緊張の表し方が、この意味のない笑顔。
A「おかしいな。口では良いと言っていても、表情はそうじゃない。逆だ。」
Aは、キスしなかった。
少し酒が入って酔っていればリラックスできて、よかったのかもしれない。わたしたちは酔ってはいなかった。
A「このあと、うち来て一緒にワイン飲まない?
トラムで15分くらいなんだ。Airbnbのホストやってるし、部屋は広くてきれいだよ。」
やっぱり。チャンスがあればだれでも誘ってくる。
友達だと思っていたのに。
でも、Aは私にとって特別。ほかの人とは違う何かを感じる。心が通い合っているのを感じた。
なつこ「考えさせて。」
とりあえず、私たちはトラム方面へ歩くことにした。
トラム乗り場に着いたとき、トラムが目の前で発車してしまった。
次の便は20分後らしい。その時点で22:30頃。終電も近い。
Aはトラム乗り場で次の便を待つ気だったが、私にとっては寒い中ただトラムを待つのはつらく感じられ、飲みたかったので近くのアイリッシュパブへ行くことに。
アイリッシュパブでは、ギターとベースとドラムのバンドの生演奏を聴くことができた。ここでもビールを飲んでさらにおなか一杯に。
隣に座って、音楽を聴きながらビールを飲んで、会話も少なくなってきた。
A「きみは美しい。ほんとうに美しい。」
と言い、ボディタッチは遠慮がちだった。つくづく良い人だな、良い人過ぎて機会を逃しそう。
なつこ「ありがとう。」
そのとき私の頭の中は、
はいはい、ありがとう~。
「きみは美しい。」の意味するところ、つまりそれは「やりたい。」
にしか聞こえない。 かるく流す私って、ほんと冷静だなー。
おなかいっぱい、ビールもうはいらない、おなかぱんぱんなところ見られたくない、
つかれたのでそろそろ帰りたい、
もし彼の部屋に行ったら今夜中にホステルへ戻るのは無理、
明日は朝からウフィツィ美術館行きたい。
人の家で寝るのは気を遣うので苦手。
今日は木曜の夜。彼は明日朝から仕事だし。
お泊りセット持たずに行って化粧落とせないのもつらい。
しかし、彼はとても素敵だし好みのタイプ。会話してみて、
こんなに特別なものを感じる相手にはそうそう出会えるもんじゃない。
期待せず会ってみたら、大当たりじゃん。ちょっと、ときめいた。
はて、どうするか。
と、現実的なことばかりめぐっていた。
トラム終電の時刻が近づき、店を出てAは私のホステルの前まで送ってくれた。
A「最後のチャンスだよ。もう一度聞く。うち来ない?」
なつこ「・・・ごめん、わたしにはできない。おやすみなさい。」
ハグもキスもせず別れた。
最後まで、私が違う文化圏から来たことを理解して尊重してくれる良い人だった。
いい人すぎる。もう少し強引だったら押されていた、流されていた。
それは、彼の行動次第だった。
結局、彼の家に行かなかったことを後悔してか、食後にエスプレッソを飲んでしまったからか。
その晩はホステルのベッドに横になっても一睡もできなかった。遅くまで歩いて身体的にはひどく疲れていたのに。
冷静に考えた結果、お断りしたのに。Aのことを忘れられなかった。何もしなかったからこそ、心に強く残っている彼の印象。
あのとき、トラムのドアが目の前で閉じずにぎりぎり乗れていたら、
流されて彼の家に行っていただろうか。これも運命か。やり直すことはできない。
こういう一人旅で予定を詰めすぎるのは良くない。
明日、ボローニャへ移動する高速鉄道のチケットを買っていた、ボローニャのホステルも予約していた。朝10時にはウフィツィ美術館の予約を入れていた。
それが心の奥底にあって、突発的な行動を邪魔したのか。
あともう一日フィレンツェにいれば、明日の夜Aにまた会えるかも。いろいろな可能性を考えて眠れなかった。
ーーー
そのあともAと連絡を取り合っていて、一か月後の再会を誓ったけれど
色々なことが重なって結局会えずじまい。これも運命か。
いまになって振り返ってみると、もう後悔はなくて。
旅の途中でときめきがあって楽しかったな~。くらいの、いい思い出です。